Logo for 田中功起、言葉にする

日本語で話す(あるいは書く)ということはいやおうなくローカルなものになる。なぜならそれは日本語を分かる人たちのために話したり書いたりしているということを意味しているからだ。もちろんそれは翻訳されることもあるだろう。だけれどもほとんどの発話は、そしてほとんどの文章は、翻訳されることもなく日本語のままぼくたちの目の前を流れていく。 それをぼくはネガティヴなものとしてとらえてきていた。でも、しかし、ぼくは日本語で話すし、日本語で考えている。それがたとえローカルな言葉であったとしても、ぼくはそのローカリティのなかで生きている。ならばその言葉の前で、日本語が分かる人たち前で、そのローカリティの中でしかできない会話をすることも必要だろう。そして、ぼくは、自分が話してみたいひとたちと真摯な会話をしてみたいと思う。ときに起こる編集者による不当な修正の手前で、ぼくたちの言葉をそのままのかたちで届けたいと思う。 http://kktnk.com/podcast/ *感想や質問などはこちらまで。kotoba@kktnk.com

日本語で話す(あるいは書く)ということはいやおうなくローカルなものになる。なぜならそれは日本語を分かる人たちのために話したり書いたりしているということを意味しているからだ。もちろんそれは翻訳されることもあるだろう。だけれどもほとんどの発話は、そしてほとんどの文章は、翻訳されることもなく日本語のままぼくたちの目の前を流れていく。 それをぼくはネガティヴなものとしてとらえてきていた。でも、しかし、ぼくは日本語で話すし、日本語で考えている。それがたとえローカルな言葉であったとしても、ぼくはそのローカリティのなかで生きている。ならばその言葉の前で、日本語が分かる人たち前で、そのローカリティの中でしかできない会話をすることも必要だろう。そして、ぼくは、自分が話してみたいひとたちと真摯な会話をしてみたい... Show more

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